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神戸地方裁判所姫路支部 昭和31年(ワ)238号 判決

原告 富士原繁雄 外一名

被告 富士製鉄株式会社

主文

原告等の請求を棄却する

訴訟費用は原告等の負担とする

事実

原告等訴訟代理人は被告が原告等に対し昭和二十五年十月二十五日付を以て為した解雇は無効であることを確認する訴訟費用は被告の負担とするとの判決を求め其の請求原因として

原告等は何れも昭和二十五年十月二十五日迄被告の従業員として雇用され被告会社広畑製鉄所に勤務して居たものであるが被告は原告等に対し昭和二十五年十月二十五日付を以て共産党員並びに其の同調者であるとの理由で解雇する旨の通告を為した。

併しながら右解雇は次の様な理由によつて無効である

(一)  昭和二十五年五月三日付連合国最高司令官マックァーサー声明並びに其の後相次いで発せられた同司令官の内閣総理大臣吉田茂宛書簡は何れも其の後の対日理事会に於けるシーボルト議長の言明により明かな如く民間企業の経営者に対し共産党員並びに其の同調者を解雇することを命じた命令ではなく単なる勧告乃至は示唆に過ぎないのに拘らず本件解雇はマックァーサーの前記声明並びに書簡に便乗し占領軍当局の指導の下に行はれた所謂レッドパージであつて被解雇者の個々具体的な企業破壊行為を理由としたものでなく共産党員並びに其の同調者は本来企業に対し破壊行為を行う者であるとの独断の下に其の職場追放を企図して強行されたものであつて本件解雇は企業防衛の名にかくれた弾圧である。従つて斯様な解雇は憲法第十四条第一項労働基準法第三条に違反して居るから民法第九十条によつて無効と謂はなければならない。

(二)  被告の為した右解雇は原告等が他の従業員を扇動し之に悪影響を与え被告会社の事業の運営に支障を与える等被告会社事業に協力しない者であることを其の一理由とするが原告等に其の様な事実は存しないから無効である。

(三)  右解雇通告は原告等の窮迫状態に乗じて為されたものであつて公序良俗に反し且つ解雇権の濫用であるから此の点から見るも無効と謂うべきである。

以上の理由により本件解雇は当然無効であつて原告等は何れも依然として被告会社の従業員たる地位を保有して居るものであるから本件解雇の無効確認を求めるため本訴に及んだと陳述し

被告主張事実中原告等が被告会社の事業運営を阻害すべき破壊的攪乱的言動を為したとの点は何れも之を否認する。日本共産党は被告主張の如き暴力的破壊活動を事とする党ではなく公認の政治団体であつて同党の主義主張に賛成し党員となつて居ること又は同調的思想を持つて居るということは思想の自由の範囲内のことであつて何等批判非難せらるべきものではない。

尚被告の主張に対し

一、原告富士原が退職願を提出して被告主張の退職金等を受領したことは認めるがこれ等の行為には被告の主張する様な法律上の効力はない。其の理由は以下に述べる通りである。

(一) 本件解雇は一方的解雇であつて被告の解雇通告には合意解約を目的とする解約申入の意思表示は為されて居ない、従つて斯様な一方的解雇に付いて合意解約の成立する余地はない。

(二) 退職願を提出して退職金等を受領したことは解約の申入に同意したのではなく承諾という法律上の効力を有するものではない。

当時妊娠六か月の妻を擁する右原告に対し被告は退職願を出せ出さなければ解雇する、退職願を出した者には特別手当を支給すると申入れ同原告を圧迫し退職願の提出を強制したので右原告はやむなく退職願を提出し退職金等を受領したものであつて右は同原告の真意に基くものではなく該事実は被告に於ても知悉し居たものである。以上の次第であるから退職願を提出し退職金等を受領したことは何等解約申入に同意したことにならず承諾としての法律上の効果を有しないと謂うべきである。

二、原告名児耶は退職願を提出することなく昭和二十五年十一月六日神戸地方裁判所に「解雇の意思表示の効力を仮に停止する」旨の仮処分申請を為したが昭和二十七年三月三十一日右申請を却下するとの裁判を受けた、当時右原告は極度に生活に困窮して居たので昭和二十七年四月十九日同原告はさきに被告が供託し居た退職手当並びに解雇予告手当等を受領したが固より解雇を承認したものではない、又右金員の受領は同原告が本件解雇を争う権利を放棄したことにはならない。

三、被告は原告等が解雇後数年を経過して本訴を提起したことを捉えて被解雇者に解雇無効を争う権利がない様な主張をして居るがこの様な主張は本件解雇後に置かれた原告等の困難な立場を全く理解しないものであつて原告等は解雇後生活の再建に全力を注がねばならなかつたため訴訟を為す力がなかつたのである其の間徒に権利の上に眠つて居たのではない。

その後原告等が漸くその機を得て本訴を提起したことを目して法の保護を受ける利益がないとか信義誠実の原則に反するという被告の主張は理由がない、と述べた。(立証省略)

被告訴訟代理人は主文同旨の判決を求め答弁として

原告等主張事実中原告等が昭和二十五年十月下旬迄の間被告の従業員であつたこと被告が昭和二十五年十月二十五日原告等に対し解雇通告を為したことは認めるがその余の主張事実は之を争う。

被告が原告等に対し解雇通告を為した理由は次の通りである。

被告会社は本社を東京に置き広畑、室蘭、釜石、川崎に作業所を有し銑鉄塊鋼材並びに化学工業製品の製造販売を業とする我国屈指の会社であつて鉄鋼業が重要産業に属しその企業運営の適否が日本経済全般に密接な関連を有するので被告としては企業の正常な運営の確保に努力して来た。

然るに被告の一部従業員の中には経営秩序を破壊し企業の正常な運営を直接又は間接に阻害せんとして活動して居るものがあり、而もかかる破壊的活動は日本共産党の党員並びに同調者により行はれたことが少くなかつた。

昭和二十一年姫路市を中心とする西播地方一帯の地域を対象として共産党西播地区委員会結成せられその後その下部組織として飾磨群委員会結成せられ該委員会は被告会社の広畑製鉄所に対する活動主体となり同製鉄所従業員に働らきかけビラ機関紙等を配布し或は事実を歪曲誇張し党の方針に従い社会不安の醸成と生産阻害の言動を活発に展開したその二、三の例を挙げると

(一) 昭和二十五年初頃広畑製鉄所に於て発生した広畑労働組合の給与闘争に際し「飾磨民報」「高炉」等の機関紙ビラを配布し闘争の激化と之が政治闘争化を企図し

(二) 昭和二十五年六月共産党幹部がマックァーサー書簡の指令により追放されるや共産党擁護のために大衆行動で起てと扇動し右追放は日本の軍事基地化の準備行為であり広畑製鉄所に於ても潜艦用になる厚板が作られているとして恰も広畑製鉄所が軍需品工場であるかの印象を大衆に与える様に努め従業員等の被告会社に対する不信と勤労意欲の減退を図り

(三) 昭和二十五年夏労働組合より地方税相当金額の貸付方要望があつたのに対し被告会社は全面的に之を容れ問題が解決したに拘らず右交渉の衝に当つた労働組合幹部に職場闘争を起せと扇動し税金相当額を貸付け其の返済は無利子の月賦とするという会社案に対して「見かけのよい給料天引だ」と中傷し

(四) 昭和二十五年九月起きた従業員の死亡事故を捉えて当時死亡事故が相次いで起つて居るかの如く誇張宣伝し而も広畑製鉄所病院には救急車が常時備えつけられて居たに拘らず殊更に事実を曲げて「俺達を人間なみに扱つて貰おう救急車を即時備えつけろ」と虚構の事実を宣伝し従業員の被告会社に対する不信の念の醸成を図つた。

而して原告富士原は昭和二十五年一月頃より原告名児耶は同年六月入社直後より右飾磨群委員会所属の党員として直接間接に之が活動に参加していた。

原告等は単に共産党員であつたというに止まらず個別的に見ると原告等は次の通り被告の事業の正常円滑な運営を阻害する行為に出でもはや雇用関係継続の困難な状態に在つたものである。

即ち原告富士原は昭和十六年九月被告の前身たる日本製鉄株式会社広畑製鉄所に入社し昭和二十二年七月八幡製鉄所に転用され、昭和二十四年四月広畑製鉄所に復帰したものであるが昭和二十五年一月頃共産党に入党し爾来飾磨群委員会の構成員として党活動を為し

(イ)  昭和二十五年一月の参議院補欠選挙に際し現場に於て同僚達に「日本の独立と人民の生活を守る共産党に投票してくれ」「共産党に投票しない奴は売国奴の手先だ」等と主張し共産党の候補者篠塚一雄に投票するよう依頼して回り就業時間中公然と選挙活動を行い

(ロ)  昭和二十五年二月の給与闘争に際し飾磨群委員会名の「全関西の鉄鋼産業起つ、日鉄同調スト」其の他のビラを従業員に配布して闘争の激化と之が政治闘争化に努め

(ハ)  昭和二十五年九月末職場で全員を集め責任者が作業上の指示を与えたところ原告富士原は之を「労働強化である」と言つて烈しく反論し容易に其の指示に従はず之がために作業は遅延し午前中の段取に支障を与えた

(ニ)  飾磨群委員会事務所に屡々出入りして被告会社内部や労働組合内部の情報を通報し被告会社を対象とする同委員会の攪乱的宣伝活動に参加し

(ホ)  就業時間中アカハタ其の他共産党関係刊行物を閲読し又その閲読を同僚に勧め或は資本主義を批判し共産主義を謳歌する議論をして同僚に入党勧誘を為し

(ヘ)  職場の内外に於て常時「アメ公や資本家のために、馬鹿馬鹿しくて仕事なんか出来るか」「俺達がおとなしくして居ると職場は監獄になるぞ」等と従業員の勤労意欲を減退させる趣旨の言動が少くなく之を制止し忠告した者に対しては「売国奴の手先、資本家の犬、あと十年も経たないうちに革命だ、命が惜しかつたら黙つて居ろ」と反駁して善良なる従業員に悪影響を与える様な言動が少くなかつた。

原告名児耶は昭和二十五年六月十九日被告会社に入社したものであるが右入社前千葉県在任中既に共産党に入党し爾来活発な党活動をして居たものであつて

(イ)  前住地千葉県で入党し当時勤務し居た入江醤油醸造株式会社に於てハンスト其の他矯激な運動を行つて解雇された事実があるのに被告会社入社に当り係員の質問に之等の経歴を秘匿して入社し

(ロ)  昭和二十五年九月頃作業現場に於て職務を怠り毛沢東の「整風文献」をわざわざ「電気と磁気」に改装して読み監督者及び同僚の目をかすめて共産主義の学習を行い或は共産党の暗号用略字の暗記練習や新聞記者の使う速記法の練習等を行つて職務に専念せず且つ職務規律を無視する行為に出で

(ハ)  共産党のアカハタ後継紙たる機関紙「民主日本」等を広畑製鉄所内に持込み現場に於て同僚に配布しその購読を勧誘し之を拒絶した者に対しても強引に押付け党勢の拡大に努め

(ニ)  昭和二十五年十月上旬頃作業現場に於て従業員に対し「うちで造つた鉄が朝鮮で人殺しのために使われて居るのを知つて居るか」とか「発電所さえぶつ潰せば簡単にこの会社は目茶苦茶になつてしまうのだ」等と申向け従業員の生産意欲を減退させ又被告会社の施設機械の破壊を扇動する様な言動を為し

(ホ)  同年九月中旬地方税減額申請用紙数十枚を飾磨群委員会より受取り広畑製鉄所内に持込み現場で同僚に配布し減税申請を勧誘し、同月下旬被告会社の夢前寮に於て飾磨群委員会名の「寮生の市民税を免除せよ」とのビラを配布し共産党の指導する反税闘争の組織化を図り又同年九月頃から映画を安く見られると宣伝して現場や寮に於て共産党の外郭団体である姫路映画サークル協議会員募集用紙を以て会員を募り機関紙「映画時評」を配布して夢前映画サークルを結成し自ら其の代表者となり更に同年十月十六日平和擁護世界大会委員会平和を守る会発行の原子爆弾使用禁止署名運動用紙を職場に持込み日本の平和のためと称して就業時間中従業員等に署名を要求し

(ヘ)  飾磨群委員会に出入りしたばかりでなく同委員会構成員宅や日本砂鉄株式会社飾磨工場等の党員を訪れ連絡に当る等積極的な党活動を為した。

この様な日本共産党の党員及び同調者の行動に付き企業の運営上危険を感じて居たのは被告のみでなく当時日本の各産業に亘り多くの企業が感じて居たところであるが、昭和二十五年五月マツクアーサー元帥の憲法記念日に於ける声明を始め其の後相次いで共産党員の排除等に関する指令が出され更に同年九月総司令部エーミス労働課長より共産主義的破壊分子の企業よりの排除指示等があり重要産業よりかかる分子を排除することが占領政策の一つである旨が明かにされた、之に基き新聞放送電産日通等の重要産業に於ても相次いで此の種破壊分子の排除が行われた。

右の様な社会情勢の下に於てかかる集団的企業破壊の危険に対し必要な防衛措置を講ずることは重要産業の経営者に対する客観的要請であつたので被告も企業を破壊から防衛するため、他よりの指示を受け常に攪乱的扇動的言動を為し他の従業員に悪影響を及ぼしまたは及ぼす虞ある者其の他事業の正常な運営に支障となる一部従業員を排除することを決意した。

被告は慎重に調査を為した後広畑製鉄所に於ては上述の客観情勢と原告等の言動に鑑み企業防衛のため原告等を含む七名の従業員を排除解雇することとした。

当時原告等の所属する広畑製鉄労働組合並びに其の上部団体たる富士製鉄労働組合連合会と被告会社との間には労働協約は存在しなかつたので被告会社は本件整理に関し組合に対し予め協議し又は通告する義務はなかつたのであるが特に組合の協力を得、整理を円満に実施する目的を以て、昭和二十五年十月二十三日、二十四日の両日本社に於て富士製鉄労働組合連合会に対し特別人員整理要綱を説明協議し更に同月二十四日広畑製鉄所に於ても広畑製鉄労働組合に対し同様の説明を行つた、右に付き連合会は各作業所組合の決定を待つという態度であつたが広畑製鉄労働組合は中央委員会を開き今回の退職を受諾した者に付いては組合も之を諒承し転職資金として平均賃金一か月分を贈与する旨を決定して被告会社のこの措置を承認した。

被告は同年十月二十五日午後一時広畑製鉄労働組合に対して特別人員整理要綱に該当する者の人名を通告した後、同日午後三時原告等に対し夫々個別的に面接し昭和二十五年十月二十五日付通告書と題する書面を以て

「会社の措置を納得の上十月三十日迄に円満に退職の申出をする様に勧告する右申出をした者に対しては会社規定に基く退職手当及び解雇予告手当の外特別手当を支給する右期日迄に退職の申出をしない者に対しては本通告書を以て同年十月三十一日限り解雇することとし退職手当及び解雇予告手当を支給する」

旨の合意解約の申入を含む退職の勧告と条件付解雇の意思表示を為した。

以上の被告会社の措置に対し原告富士原は退職の勧告に応じ同年十月二十五日其の場に於て退職の申出を為し同日退職願を提出し且つ同月二十七日被告会社に出頭し身分証明書を返還し退職手当特別手当及び解雇予告手当を何れも無条件にて受領し右金員に対する受領証のほかこれに付いて異議なき旨の念証をも提出して円満に退職した。

又同原告は同月三十日前記組合に出頭し退職受諾者に与えられる右転職資金を受領し其の結果組合も同原告を組合より除籍した。

以上により明かな通り原告富士原との雇用契約の終了は被告会社と同原告との合意に因るものであつて被告が一方的に解雇を行つたものではない該事実は原告富士原が退職願を提出してから本訴提起直前の昭和三十一年十一月末日に至る迄約六年余の間一回も被告会社に対し退職に付き異議を述べたことなく復職の要求をしたこともないところからも充分推認し得る仍て原告富士原に付いては解雇の効力を論ずる余地はない。

原告名児耶に対しても被告は前記富士原と同様退職を勧告したが之に応じなかつたので昭和二十五年十月二十五日付解雇通告の書面により同月三十一日限り原告名児耶を解雇したものであつて被告は同原告に対する退職手当解雇予告手当は同年十一月六日付を以て神戸地方法務局姫路支局に供託した。

然るに同原告は同年十一月六日地位保全の仮処分申請を神戸地方裁判所に提出し(同庁昭和二五年(ヨ)第四七九号)昭和二十七年三月三十一日右申請は理由なしとして却下せらるるや右裁判に対する不服申立の方法をとることなく又本案訴訟を提起することもなく同年四月十九日広畑製鉄所に出頭し何等の異議をもとどめずに供託書を受取り同日神戸地方法務局姫路支局より前記供託金を受領した。

爾来同原告は右退職金受領の趣旨に付き被告会社に対し争う旨の意思を表明したこともなく又昭和三十一年十一月末に至る迄約四年半の間被告に復職の要求を為すこともなく経過した。

即ち原告名児耶は自己の申請した仮処分申請が却下されたのを機会に被告会社の行つた解雇を承認し其の効力を争う意思を抛棄したものである。

従つて同原告も今日解雇を云々し其の効力を争う余地はない。

叙上の通り原告等は何れも被告会社より退職金等を受領し本件人員整理に関する手続終了し爾来数年間何等の行動をとることなく今日突如として本訴を提起して解雇の無効を主張するに至つたのであるが社会通念上からしても原告等が本訴に於て解雇の効力を争うことは信義誠実の原則に反するものとして許容すべからざるところである。

被告の行つた特別人員整理は前記の如く企業防衛措置として行つたもので実施に当つては被整理者の従来の行動を慎重に検討した後該行動が被告の企業運営と全く相容れないことが確認されたので之を排除することを決意したのであつて単に原告等の懐く思想信条を対象として排除したのではない。

従つて本件整理が憲法第十四条第一項第十九条第二十一条第一項並びに労働基準法第三条に違反した措置に非ざること明かである従つて又民法第九十条に該当せざることも論なきところである。

尚又前叙の如く重要産業より活動的な共産党員及び其の同調者を排除することは当時占領軍の占領政策として示されたところであるから被整理者が右に該当する限り憲法其の他国内法規の規定の如何に拘らず本件措置は当然有効なものである。

以上何れにしても原告等の本訴請求は理由がないから失当として棄却すべきものである、と陳述した。(立証省略)

理由

原告等が何れも昭和二十五年十月下旬迄被告会社の従業員として雇用せられ被告会社広畑製鉄所に勤務し居たこと被告が昭和二十五年十月二十五日原告等に対し解雇通告を為したこと原告富士原が被告に退職願を提出し退職金等を受領したこと原告名児耶が被告の供託せる退職金等を受領したことは当事者間に争のないところである。

原告等は本件解雇は共産党員並びに其の同調者であることを基準として居り右解雇基準は憲法第十四条に違反する不平等のものであり同時に労働基準法第三条民法第九十条に違反し無効なる旨主張するに付き按ずるに

固より単に共産党員並びに其の同調者たることを解雇基準とすることは信条そのものを対象として解雇するのであるから、かかる基準に基く解雇は憲法第十四条労働基準法第三条に違反し無効と謂はなければならない。併乍ら何れも成立に争のない乙第一、二号証同第五号証の一、二の各一、二同号証の三、四同第六号証の一、二の各一、二同号証の三同号証の四乃至十の各一、二同第七号証の一、二の各一、二同号証の三、四同号証の五の一乃至三同号証の六の一、二同号証の七同号証の八の一、二同号証の九同号証の十二乃至十五同号証の十六の一、二乙第十号証の二の一、二同号証の三乃至六、証人中村隆司同宮永半同秋田堯の各証言を総合考察するときは

昭和二十五年五月マックァーサー元帥の憲法記念日に於ける声明を始め、其の後相次いで共産党員の排除等に関する指令が出され更に同年九月総司令部エーミス労働課長より共産主義的破壊分子の企業よりの排除指示等ありたること其の頃迄の間に被告会社に於ても破壊的な言動によつて、企業の秩序を乱し事業の正常な運営を阻害せんとして活動せる従業員があり、斯様な活動は日本共産党員並びに其の同調者により行われたこと少くなく、被告会社としても脅威を感じて居たこと

被告は企業防衛の見地から右の様な事業の正常な運営を阻害する者を排除して、企業の秩序を維持確立するため必要な措置を採るも已むを得ないとし単に共産党員並びにその同調者たるに止まらず、右該当者であつて而も常に扇動的言動を為し他の従業員に悪影響を及ぼす者円滑なる事業運営に支障を及ぼす者、又は其の虞ある者の行動を解雇基準とする特別人員整理要綱を定め特に組合の協力を得、人員整理を円満に実施するため被告は昭和二十五年十月二十三日、二十四日の両日本社に於て富士製鉄労働組合連合会に対し特別人員整理要綱を説明協議し、同月二十四日広畑製鉄所に於ても広畑製鉄労働組合に対し同様説明協議したこと

広畑製鉄労働組合は中央委員会を開き、今回の退職を受諾した者に付いては組合も之を諒承し転職資金として平均賃金一か月分を贈与する旨を決定し、被告会社の右人員整理の措置を承認したこと

以上の事実を認定することが出来る右認定を左右するに足る証拠はない。

叙上認定の如く前記特別人員整理要綱に定むる解雇基準は共産党員並びに其の同調者たるに止まらず、右該当者であつて而も常に扇動的言動を為し他の従業員に悪影響を及ぼす者、正常な事業運営に支障を及ぼす者、又はその虞ある者の行動を基準としたものであるから、原告等主張の如く違憲無効と謂うことは当らないと謂はねばならない。

原告富士原同名児耶が昭和二十五年十月、当時何れも共産党員或は其の同調者であつたことは弁論の全趣旨に徴し認められるところであつて、何れも成立に争のない乙第三号証の一、二証人中村隆司、同宮永半、同秋田堯の各証言を総合すれば被告は広畑製鉄所従業員中原告等を含む七名の言動は、前記特別人員整理要綱所定の解雇基準に該当するとして昭和二十五年十月二十五日原告等に対し書面を以て、同月三十日迄に任意退職することを勧告し、同日迄に退職願を提出したものには依願解雇の取扱をなし、会社規定に基く退職手当及び解雇予告手当の外特別手当を支給し、同日迄に退職願を提出しないものに対しては同月三十一日限りこれを解雇し、退職手当及び予告手当を支給する旨通告したことを認め得る。

而して被告は原告等に前記解雇基準に該当する事実ありと主張し、原告等は被告主張の如き事実はないと主張するに付き按ずるに証人秋田堯の証言により成立を認め得る乙第二十二号の一の一、二同号証の二の一乃至四及び証人中村隆司、同宮永半、同秋田堯、同宮崎武、同山根俊二の各証言を総合すれば、

原告富士原に付き

(一)  同原告は昭和二十五年一月頃共産党に入党し、爾来同党飾磨群委員会の構成員として党活動を行つて居たものであるが、同年一月施行の参議院補欠選挙に際し作業現場に於て同僚に対し「日本の独立と人民の生活を守る共産党に投票して呉れ」「共産党に投票しない奴は売国奴の手先だ」と申向け共産党の候補者篠塚一雄に投票する様に依頼し、就業時間中公然と選挙活動を為したこと

(二)  昭和二十五年九月末頃職場に於て責任者が全員を集合させ作業上の指示を与えたところ、同原告は「労働強化である」と主張し烈しく反対し、容易にその指示に服さず之がため作業は遅延し午前中の段取に支障を与えたこと

(三)  同原告は飾磨群委員会にしばしば出入りし、被告会社内部や労働組合内部の情報を通報し被告を対象とする同委員会の攪乱的宣伝活動に参加したこと

(四)  就業時間中同原告はアカハタ其の他共産党関係刊行物を閲読し、又同僚に対し反覆執拗に其の閲読をすすめ共産党に入党を勧誘したこと

(五)  同原告は職場の内外に於てしばしば「アメ公や資本家の為めに馬鹿馬鹿しくて仕事なんか出来るか」「俺達がおとなしくして居ると職場は監獄になるぞ」等と従業員の勤労意欲を減退させる様な言動を為し、之を制止し忠告した者に対し「売国奴の手先、資本家の犬あと十年もたたないうちに革命だ命が措しかつたら黙つて居ろ」と放言したこと

原告名児耶に付き

(一)  同原告は昭和二十五年六月被告会社に入社したものであるが、前住地千葉県で既に共産党に入党し、従前勤務し居た千葉県所在の入江醤油醸造株式会社で同会社門前に於てハンストを為し、其の他矯激な活動を行い解雇せられた事実があるのに被告会社入社に際し係員の質問に対し之等の経歴を秘匿したこと

(二)  共産党のアカハタ後継紙たる機関紙「民主日本」等を広畑製鉄所内に持込み、作業現場に於て従業員に配布し其の購読を同僚に勧誘し、之を拒絶したものにも押付け党勢の拡大に努めたこと

(三)  昭和二十五年十月上旬頃同原告は作業現場に於て同僚に対し「うちで造つた鉄が朝鮮で人殺しの為めに使われているのを知つているか」「発電所さえぶつ潰せば簡単にこの会社は目茶苦茶になつてしまうのだ」等と申向け、従業員の生産意欲を減退させ被告会社の施設機械の破壊を扇動する様な言動ありたること

(四)  昭和二十五年九月中旬同原告は共産党の指導する反税闘争の組織化を図るために、同党飾磨群委員会より地方税減額申請用紙数十枚を受取り広畑製鉄所内に持込み作業現場に於て同僚に配布し、減税申請の勧誘を為し同月下旬被告会社の夢前寮に於て飾磨群委員会名の「寮生の市民税を免除せよ」とのビラを配布し共産党の指導する政治活動を職場に導入し、同僚に参加を求めたこと同原告は前記飾磨群委員会に出入したばかりでなく同委員会構成員宅や日本砂鉄株式会社飾磨群工場等の党員を訪れ、連絡に当り活発な党活動を為したこと

以上の事実を夫々認定することができる原告富士原同名児耶各本人尋問の結果中右認定に反する部分は措信し難い。

然らば叙上認定のような原告等の事業妨害行為は前記特別人員整理要綱所定の解雇基準に該当するものと謂はねばならない。

原告等は本件解雇は原告等の窮迫状態につけこむ等、公序良俗に反し且つ解雇権の濫用である旨主張するが、前掲解雇通告が原告等の窮迫状態を利用して為され、或は解雇権の行使を規制する信義則に違反して為されたとの事実に付いては之を認定するに足る証拠はない、従つて右主張は採用することはできない。

何れも成立に争のない乙第三号証の一、同第四号証の一に徴すれば、被告会社は昭和二十五年十月二十五日付「通告書」と題する書面を以て、原告等に対し「当社は富士製鉄労働組合え申入れた趣旨により貴殿に退職していただくことになつたので来る十月三十日迄に退職願提出の上円満退職するよう勧告する」「右期日迄に退職願提出の場合は依願解雇の取扱を為し、退職手当予告手当及び特別手当を支給する」「退職願不提出の場合は本通告書を解雇通告にかえ右退職手当予告手当を支給して十月三十一日付を以て解雇する」

旨の通告を為した事実を認め得べく右書面の趣旨によれば、本件予告解雇は労働基準法第二十条により予告手当の支払の提供をなして居るのであるから、本来退職願の提出不提出を問はず予告手当の口頭提供の日である十月二十五日当然解雇の効力を発生するものと解することが出来る。

然るに十月三十日迄に退職願を提出した者は依願解雇の取扱とし特別手当金を支給するが、右期日迄に不提出の者に対しては前記予告解雇通知書を以て解雇通知にかえて解雇し、之に対しては予告手当及び退職金のみを支給すると謂うのであつて十月三十日迄の退職願の提出の有無によつて解雇者の取扱に差等を設けている点からみると、右解雇通知は前記予告解雇の一方的意思表示の外に同月二十五日を以て雇用関係を終了せしめたいから之に同意のものは同月三十日迄に退職願を提出されたき旨の合意解約の申入をも包含し、右期日迄に退職願が提出されるか否か決する迄予告解雇の効力の発生を留保し、退職願を提出した者について十月二十五日に遡及して合意解約の効果が発生し、予告解雇の意思表示は消滅するが、退職願を提出しない者について十月二十五日に遡及して予告解雇の効力が確定的に発生すると解するのが相当である。

而して何れも成立に争のない乙第三号証の一、二同号証の四乃至十同号証の十一の一、二証人宮崎武の証言により成立を認め得る乙第三号証の三、証人秋田堯の証言により成立を認め得る乙第二十二号証の一の一、二、証人中村隆司、同宮永半、同秋田堯、同宮崎武の各証言を総合すれば、

被告は昭和二十五年十月二十五日午後一時広畑製鉄労働組合に対し原告等を含む特別人員整理要綱に該当する者の人名を通告した後、同日午後三時、原告等に対し個別的に面接し夫々前掲通告を為したこと

原告富士原は右の解雇通告を受くるや同原告は其の場で退職の申出を為し同日退職願を提出し、同月二十七日被告会社に出頭し身分証明書を返還し退職手当特別手当及び解雇予告手当を受領し、右金員に対する受領証のほか之に付いて異議なき旨の念証をも提出したこと

又同月三十日同原告は広畑製鉄労働組合に出頭し、同組合より退職受諾者に与えられる転職資金を受領し、右組合は同原告を除籍したこと

以上の事実を認定することが出来る。而して右事実と前段認定の当時の諸事情とを総合考察するときは原告富士原は退職願を提出すると否との利害得失等諸般の事情を考慮した上、被告の退職勧告に応じ退職願を提出したものと認定するのを相当とする、よつて原告富士原と被告との間の雇用契約は右合意解約に因り昭和二十五年十月二十五日を以て消滅したものと謂はなければならない。

原告富士原は両人の退職願に形式的に表明せられた退職意思は其の真意に出たものでなく、このことは被告会社に於て知り又は知り得べき場合であつたから右意思表示は無効である旨主張するが之を認むるに足る証拠はない、仍て同原告の右主張は之を排斥する。

而して原告名児耶が昭和二十五年十月三十日の退職願提出期日迄に退職願を提出しなかつたことは当事者間に争のないところであるから、同原告は昭和二十五年十月二十五日付解雇通告書を以て為された予告解雇の手続に因り適法に解雇されたものと謂はなければならない。

尚成立に争のない乙第三号証の二同第四号証の一乃至六、証人秋田堯の証言により成立を認め得べき乙第二十二号証の二の一乃至四及び証人中村隆司、同宮永半、同秋田堯、同山根俊二の証言を総合すれば、

被告は昭和二十五年十一月六日原告名児耶に対する退職手当及び解雇予告手当を神戸地方法務局姫路支局に供託したこと

原告名児耶は同年十一月六日神戸地方裁判所に地位保全の仮処分申請を為し同庁は同庁昭和二五年(ヨ)第四七九号事件として審理の上昭和二十七年三月三十一日右仮処分申請は理由なしとして却下する旨の裁判を為したこと、原告名児耶は右裁判に対し抗告の方法をとらなかつたこと

右原告は昭和二十七年四月十九日広畑製鉄所に出頭し何等の異議をもとどめずに供託書を受取り、同日神戸地方法務局姫路支局より前記供託金を受領したこと

以上の各事実を認めることが出来る(原告名児耶が本件解雇を承認した旨の被告の主張は採用し得ない)

尚又被告は原告等が退職金等を受領した後数年経過してから本訴を提起し、解雇の効力を争うのは信義誠実の原則に反し許容すべからざるものなる旨主張するが被告の右見解は理由がないので之を排斥する。

叙上認定の如く昭和二十五年十月二十五日原告富士原は合意解約により原告名児耶は予告解雇の手続により被告会社との間の雇用関係は何れも消滅したものと謂うべく、原告等の本訴請求は何れも理由がないので之を棄却すべきものとし、訴訟費用の負担に付き民事訴訟法第八十九条九十三条を適用し主文の通り判決する。

(裁判官 関護)

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